マツダ車の魅力

私にはMAZDAに借りがある。

今から二十四年前。2000年に入ったばかりのある日、私は夢でお告げを聞いた。

「今すぐプレマシーを買うのだ。したらば、きっと幸せになるであろう」

私が素直に従ったのには訳がある。 以前、私は"指パッチン"ができなかった。仲間内ではみんなが鳴らせていたのが悔しくて、私は何度も練習をした。 損小神少年は、指パッチンが出来れば彼女もできると信じ込んでいたのだ。きっと、アグネス・ラム似の美女を指パッチンで射止めてみせる。ところが、私にはどうしたって出来なかったのである。

「くそう、この際文句は言わん。アグネス・チャンでも構わないから、どうしても彼女が欲しい。 いやしかし、もしアグネス・チャンが来たとしたら、どう呼べばいいのだろうか。アグネス・チャンちゃん？」

答えは出なかったので、その日は寝ることにした。

「お前は〇△◇(私の本名)だな？我こそは三千世界の彼方からやって来た怪人…」

すると、突然目の前にベンジャミン伊藤風の変質者が現れたのである。

「お、お前は伊東四朗…いやさ、ベンジャミン伊藤！」

「何も喋るでない。たった今、お前の願いを聞き入れてやったぞ」

「何っ」

「喋るなと言ったはずだ。…まあいい。これで私の用事は済んだ。礼は無用だ。…つん、つくつくつくつん」

不気味な笑い声とともに、怪人はすっかり消え去った。 私はアッと叫んだ。すると、カーテンから朝の光が差し込み、スズメがちゅんちゅん鳴いていた。

「なんだ、夢か…」

しかし次の瞬間、もっと驚いた。なんと、指パッチンができたのだ。

「ありがとう、お告げの神様。ベンジャミン伊藤よ」

私は浅草の方角に向かってそっと手を合わせた。だが、ついぞアグネス・ラムは私の元へは来なかった。むろん、チャンの方も。

この時のベンジャミン伊藤が十数年ぶりに再登場したのだ。 私はすぐさまプレマシーを買おうとしたが、当時お金がなかったので、おじいちゃんが買ってくれた。 200万円だったが、試乗車上がりというので大幅値引きがあって、150万ばかりで買えた。 当時の私はマツダ地獄を知る由も無かった。ちなみにマツダ地獄というのは、その名の通りマツダ車の無限地獄であり、簡潔に言えば買い値が安い分売り値も安い、ところがマツダディーラーで売ったらある程度値が付いたので安心していたら、次もマツダ車を買ってしまったという、負のスパイラルのことである。

それはともかくとして、お告げの通り私は幸せになった。

疎遠だったいとこと再会できたり、弟の息子、つまり私にとっての甥が生まれたり、まるでプレマシーが幸せを運んできたようだった。 シャイな甥とはプレマシーの三列目を通じて仲良くなれた。あの、隠れ家的な空間が甥のお気に入りであったからだ。 くわえて私は「プレマシー」の名が大好きであった。 言葉の響きと、語源である「スプレマシー(至高)」に一字足らずのいまいち感が、販売不振もあってことさら無念そうで、うだつの上がらなかった私を慰めてくれた。

けして目立つ存在ではなかった初代プレマシー。「これほど安直なクルマは無い」専門誌で書き叩かれたこともあった。

しかし、間違いなく、少なくとも私にとっては、初代プレマシーは一番の名車である。