マツダ・MAZDA3 X Smart Edition
MAZDAが生んだ、X。
SPCCI（火花点火制御圧縮着火）を採用し、ガソリン・エンジンとディーゼル・エンジンのいいトコどりを目論むという、夢のようなエンジンである。
ところがこのX氏、実用化できたのは良いものの、今ひとつパッとしない。
「新世代・ガソリンエンジン」と謳われたX氏はいつしか「ハイブリッド」と名を変え、環境規制にそれらしく対応する口実にまでなり果ててしまった。
皆は言うであろう。パワァも燃費も大したことなく、それでいてディーゼルよりも70万円高かつハイオク仕様の得体不明車を買うなんて、余程の馬鹿かMAZDA馬鹿だと。
孤高のエンジン、SKYACTIV-X。これだから、襟足が涼しげじゃないか。
試乗した「Smart Edition」は300万円を切るお買い得グレィドである。値段のために装備は割り切っているが、安全装備についていえば心配無用だ。
あえて言うならば、問題はその侮辱的なスタイリングにあるだろう。
世界一と名高い魂動デザインを16インチ・ホイールで貧相に乗ってしまうと、敗北感につままれるものである。
まさしくデザイナーの顔に泥を塗る行為であるが、これはこれで男らしくて好い。
ヤマザキ・ショップが最も似合うMAZDA3が、Smart Editionである。
訛りの効いたおばちゃんと他愛のない話をしつつ、缶コーヒーをひとつ買えるのだ。
税込108円。そういや5円玉あったっけな～、と財布の中をチロチロ探し見ようものなら、"世界"のMAZDA3には軽蔑されるはずだが、Smart Editionならば、そこんところお許し下さる気がするのだ。
もちろん、クルマに真心を求めるのなら、お釈迦様を量産するトヨタには敵うまい。ハシリの良さこそMAZDA車の真骨頂だ。
スティアリングやブレィキのフィイルに頼りがいがあって、ローリング＆ピッチングの抑えが効いたフラットな旋回特性。
これといって刺激は無いが、スッと体になじむこの感覚。初対面から阿吽の呼吸とは、運命の赤い糸を予感させる。
何しろこいつはMAZDAの箱入り娘、SKYACTIV-Xである。こちとら色欲にまみれたジイサマ。何も起こらぬわけがない。
はやる気持ちを理性で鎮め、アクセル・ペダルにはそっと足を添えるだけ。男に焦りは禁物だ。
するとXはしずしずと歩み寄ってきた。厚いカプセルを透過する微かなゆらめきが、妖しい腰つきに感じられた。
千載一遇のチャンスと思った。これを逃せば、この先は当分無いだろう。
ところかまわずフル・スロットル。左からの冷たい視線が何となく分かったが、そんなことはどうでもよかった。
私はこの一瞬に夢中であった。
Xは実用エンジンとしては素晴らしい。V8のごとき静けさで、シルキー＆スムゥスはウルトラCである。
だからこそ、私は官能性に期待したのである。淑やかというオブラートが、いっそうエロスを強調するはずだと。
そして、哀しくも私の読みは外れた。
Xは譜面通りに人馬一体を奏でてみせ、私を頂点まで誘い、その間に帰る算段をつけたようすだった。
また今度、とお決まりの文句を残して去るXは、はじめに見た微笑のままであった。
Xも、私も、同じ旅がらすなのやもしれぬ。
Xが駄目ならYがあるさ、Yが駄目でもZがあるぜ。
私は、そう思って生きていこう。
＜2023年2月＞